INTRODUCTION
上場企業や、上場を目指すベンチャー企業などを中心に、社外取締役人材の不足の現状が取りざたされています。その理由は、今年3月の改正会社法の施行です。今般の改正の1つの目玉が、上場企業における社外取締役の設置義務化でした(会社法327条の2)。それに伴い、あらゆる上場企業において、社外取締役の設置義務化が迫られたのです。社外取締役不足の現状から社外取締役への注目が集まる中、人材候補としてスポットがあてられたのが、女性人材です。
世界的にもダイバーシティを重視する観点から、女性役員の登用がスタンダードとなっており、日本でも、内閣府が「女性役員の登用の現状と方向性」と題する文書を公表しています。特に、平成25年4月19日に行われた政府と経済界の意見交換会において、安倍首相は、次のように述べています。
1 我が国の現状
(1)政府の取組
① 成長戦略
安倍総理は、成長戦略の策定に当たり、経済界との意見交換会(平成 25年4月 19 日)において、「全上場企業において積極的に役員・管理職に女性を登用していただきたい。まずは、役員 9に一人は女性を登用していただきたい。」と要請した。また、政府は、我が国の企業を国際競争に勝てる体質に変革するため、コーポレート・ガバナンスの強化を成長戦略 11に位置付けてきた。(出典:Ⅰ 女性役員の登用の現状と方向性 内閣府)
このように、女性役員人材登用の動きが活発化しています。今回は、女性の社外取締役登用に関し、女性の社外取締役の不足が招く問題点、企業経営における女性役員の必要性、実際の事例などを解説・ご紹介していきます。
目次
女性役員の不足が招く問題点3つ
女性役員の不足は、経営においてどのような問題があるのでしょうか。
女性ならではの視点の欠如
1つは、ビジネスジャッジにおいて、女性の視点が反映されないことが挙げられます。
現代は、女性が社会のあらゆる場、あらゆる形で活躍しています。女性の持つ共感力、コミュニケーション力は、様々な業界でマーケティングを考える大きな視点です。そのため、社会において女性がどのように生活し、どのような悩みを持ち、どのようなことを考えて行動するのかを知り、分析していくことは、ビジネスの現場において必要不可欠であるといえます。
そして、女性の視点は、いかに理論構築され、知識として得ることが可能であったとしても、女性であることから認識共感できる視点に勝るものはありません。したがって、経営陣の中に女性役員を登用することは、様々な経営判断をする上で重要です。
海外の投資家からの評価が低くなる
2点目として、海外の投資家からの評価が低くなる点です。後で述べるように、世界的にSDGsが浸透し、性差を超えた社会のあり方が志向されています。ビジネスジャッジのプロセスにおいて、女性が直接関わっていくことは、グローバルスタンダードとなっています。
そうした中で、経営陣の中に女性がいないこと自体、海外の投資家にとっては、そうした企業経営に必要な要素を欠いていると評価せざるを得ません。経営判断のプロセスの中で、ダイバーシティが欠落しているのではないかという疑念を抱くことにもなります。
そうすると、海外の投資家からの評価も低くなり、どんなに良いプロダクトやビジネスモデルがあったとしても、それを動かす組織に問題があるとして、評価が低くなります。
社内における女性の働く意欲が上がりにくい
3点目は、社内における女性のモチベーションが上がりにくいという点です。社会で女性が活躍する機会が広がっているとはいえ、職場の中で昇進し、より上を目指していくことができる環境まで十分に確保されているのかと言われれば、必ずしもそうではない現状があります。
例えば、結婚、妊娠、出産、そして子育てに至る過程の中で、女性は特に、自分の時間を犠牲にしなければならないライフイベントが随所にあります。寿退社と呼ばれる言葉が現在もあるように、それぞれのライフイベントが生じると、思うように仕事をすることができなくなり、結果として、仕事を諦めて社会で活躍する機会を手放してしまうことになる例もあります。
そうした女性の働き方に配慮する仕組みづくりも、社内の組織を作り上げる経営陣にゆだねられます。その際、どんなに理解がある男性であっても、女性でなければわからない視点を持つことは困難です。
そのため、女性が経営陣の中にいないと、女性の働きやすい職場環境が十分に確保されず、女性の働く意欲が上がりにくくなる状況が生じてしまいます。
女性社外役員の企業経営における必要性
以上のような問題点を踏まえると、女性役員の企業経営における必要性は、次の3つが挙げられます。
経営判断の最適化につながる
1つは、経営判断の最適化です。女性を顧客としてどのように女性の共感を得るか、女性のコミュニケーション力・発信力を通じて波及的なマーケティング効果を得る視点は、経営において重要です。
女性が好感を持つプロダクト・サービスの構築は、女性の意見を取り入れることが合理的です。その際、単に営業部、マーケティング部、CS部などの現場の部署ごとに、女性従業員からの声をまとめるだけでは足りず、いかに経営陣のところまで「女性の言語で」到達させるかが重要であると考えられます。
なぜなら、その過程に男性の視点での解釈が入り込むことにより、女性ならではの視点や思考が薄まる可能性があるからです。そして、部署ごとで女性の管理職を積極的に登用したとしても、役員陣が男性のみで構成されていれば、やはり同様の問題が生ずるおそれがあります。
そのため、女性を経営陣の中に組み込む必要があるといえます。
SDGs対応のひとつ
2点目に、グローバルスタンダードに適合させていくために必要です。ダイバーシティの確保は、SDGsの17個の項目の1つです。標目としては、「ジェンダー平等を実現しよう」という内容です。男性優位の社会構造から平準化を図る意味で、「すべての女性と女児」を対象としています。企業において女性役員の登用を増やしていくことは、女性がより社会的に影響力の高い環境で活躍する機会を確保することにつながります。
したがって、5つ目のSDGsの項目に適合するため、必要な施策であるといえます。
SDGsとは?
持続可能な開発目標SDGsエス・ディー・ジーズとは
持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)別ウィンドウで開くの後継として,2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された,2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。
[引用元]SDGsとは? | JAPAN SDGs Action Platform | 外務省
女性の働くモチベーションの活発化
そして、女性従業員が働くモチベーションを活発化させるために、女性役員の存在が必要です。その理由は、経営陣に対して女性の働く現場の問題を効果的に反映させるために、女性の視点が不可欠である点にあります。
女性にとって働きやすい環境は、男性の視点から考えたとしても、的を得たものになりにくいです。生物学的に、思考回路が異なる点があり、女性が悩むポイントを理解するには限界があるからです。また、経営陣内部のなれ合い的なものではなく、社外取締役としてのポジションであれば、より客観的に独立した立場から、意見を反映していくことができます。
したがって、女性が働くモチベーションアップのために、女性役員、特に社外役員が必要になります。
女性社外取締役に適した人材の特徴
では、女性役員、社外役員に適した人材は、どのような人材でしょうか。
高度な専門性を有すること
1つは、法律、会計、税務、ITなどのほか、事業活動と関連する領域において高度の専門性を有することが挙げられます。
単に女性であるというだけでは、女性役員、社外役員として登用するには不足があります。なぜなら、経営判断の過程において有益な視点を提供することができる知見などがなければ、実際上、選任する実益がないからです。
そこで、企業の経営課題の中で、有益なスキルや知見を提供することができる人材が適していると考えられます。例えば、あらゆる事業において必要となるのが、法律、会計、税務といった会社の事業活動の運営そのものに関わる分野です。そのため、弁護士、会計士、税理士などの有資格者は、適任であるといえます。
また、最近では、ITに関しても、あらゆる業界で、エンジニア人材の需要が高まっています。そのため、女性のIT人材も、重宝されると考えられます。
管理職としての経験
2点目は、管理職としての経験です。例えば、女性の働きやすさに課題を抱える企業であれば、いかに女性従業員のモチベーションが向上する制度を構築するかといった点に問題意識があります。
そうした場合に、女性の視点から職場環境を見つめ、業務を管理するなどのマネジメントを経験していた女性の知見は、不可欠であると考えられます。そこで、女性役員としての経験がある人材はもちろん、部署を統括し、事業活動に貢献した経験のある人材も適任といえるでしょう。
女性にまつわる社会問題に取り組んだ経験があること
3つ目は、女性ならではの社会問題の解決のために取り組んだ経験がある人材です。
例えば、弁護士であれば、様々な弁護士の中でも、企業内のセクハラ被害に関する案件を多く取り扱った経験を持つ女性弁護士であれば、セクハラ防止に関する社内体制の構築、ひいては女性にとって働きやすい職場環境の構築に有益な知見を提供できると考えられます。
どのようなケースで、どのような社内体制の中でセクハラ被害が起きたのかなど、数多くのリーガルマターを解決してきた経験は、まさにコンプライアンス体制構築の一環として必要な視点です。
このように、女性にまつわる社会問題に対し、解決のため取り組んだ経験が豊富な女性人材は、女性役員として適する要素を備えているといえるでしょう。
女性社外取締役の選任事例3つ
次に、女性役員の選任事例を3つご紹介していきます。
市毛由美子氏(弁護士)
市毛氏は、屈指の企業法務系法律事務所に所属している弁護士です。企業内弁護士として、社内の視点からの法務の経験もあります。過去に三社、社外取締役または社外監査役を歴任し、現在、二社の社外取締役(うち一社は監査等委員)を務めておられます。
市毛氏は、女性役員の立場で、経営陣に対し、ユニークな施策を訴え、実現しています。それは、女性管理職との「女子会」です。その「女子会」で、市毛氏は、「女性に対する固定観念の存在」や「社会の構造的歪み」があることを説明し、女性が経営陣に入ることへの必要性を説くとともに、とりわけ子育てをしながら管理職をこなす女性たちの現状や課題をヒアリングし、それを取締役会に報告するなどの取り組みをされています。
出典:社外役員に就任している女性弁護士インタビュー 日弁連
野口葉子氏(弁護士)
野口氏は、現在、1社の社外監査役と3社の社外取締役を務めています。取締役会、監査役会・監査等委員会への出席をはじめとしたジェネラルコーポレート業務のほか、経営会議にオブザーバーとして参加し意見を述べたり、社外役員同士での意見交換会を定期開催するなどの業務をしています。
野口氏は、社外役員に選任されたきっかけとして、顧問弁護士、監査法人、信託銀行、証券会社による紹介を挙げておられます。そのほか、弁護士会が開催したシンポジウムが知り合うきっかけとなった場合もあるといいます。
そして、選任理由として、法律事務所での企業法務の経験や、信託銀行での法務部勤務の経験を挙げています。こうした経験は、社外役員の選任の際に大きく考慮されるポイントであるといえるでしょう。
新井佐恵子氏(公認会計士、大学教授)
新井氏は、イオンクレジットサービス株式会社で社外監査役、大日本住友製薬および東急不動産HDにおいて社外取締役などを務めています。
日本企業の中で、女性で初めてCFOとなった方です。会計監査と税務に従事し、IT系ベンチャー企業を起業し、設立3年後にマザーズへの上場を達成した経歴があります。事業計画、資本政策、資金調達等に関わっていました。
昭和女子大学グローバルビジネス学部教授。イオンクレジットサービス社外監査役。大日本住友製薬社外取締役。東急不動産ホールディングス社外取締役。 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)契約監視委員会委員及び会計監査人等選定委員会委員。有限会社アキュレイ代表。公認会計士。
女性役員を登用する場合の注意点
女性役員を登用する場合の注意点は、『スキルマトリクス』を検討することです。
スキルマトリックスとは、取締役会を構成する各取締役が保有するスキルを、一覧表の形でまとめたものです。会社に複数の取締役が存在する意義は、異なるスキルを持ち寄ってそれらを組み合わせることにより、会社経営に多様な価値を付与することにあります。
したがって取締役会を構成する各取締役は、それぞれの有するスキルが相互補完し合うように、バランスの取れた陣容としなければなりません。
[引用元]スキルマトリックスとは|取締役の素養に関する主な項目とコーポレートガバナンス上の意義・注意点
単に女性であるからという理由で登用するのは、経営課題としてどのように位置づけるのかが不明確であり、合理性がありません。株主に説明する際にも、先に述べたような「グローバルスタンダード」「ダイバーシティの確保」といった点を主張するだけでは、十分に納得を得られるとはいえません。
女性であることに加えて、どのような立場からどのような知見を提供し、経営課題・事業課題の解決に貢献することができるのか、専門性とその必要性について説明できることが重要になります。そのため、スキルマトリクスを検討し、経営陣の中でどのように位置づけ、経営課題を解決するためどのような貢献・成果を出すことが期待できるか、根拠を示すことができるように準備をすべきです。
優秀な女性役員を登用するには
優秀な女性役員を登用するには、どのような方法で探せばよいのでしょうか。ここでは、上記でご紹介した実際の選任例でご紹介した内容を踏まえ、3つご紹介していきます。
法務シンポジウムなど
弁護士であれば、法務に関する講演・シンポジウムへの参加企業にアプローチすることが考えられます。
スピーカー、あるいはパネルディスカッションであればパネラーなどで参加する場合のほか、紹介でオーディエンスとして参加した場合でも、その場で名刺交換をして知り合うことで、長期的な関係を築くきっかけになります。
そして、繰り返し、様々な後援会やシンポジウムに参加する中で、個別の案件あるいは顧問としての案件を受任するチャンスが出てくる場合があります。
その仕事の中で成果を出せば、後々に、社外役員として経営に関わっていく人材として、声が掛かることもあるでしょう。
証券会社、監査法人等の紹介
会計士であれば、証券会社や監査法人等からの紹介が考えられます。普段から多くの企業と接し、社内の経営状況や経営陣の個性にも精通していること、財務状況等の判断のために会計士との関わりも少なくないことから、証券会社や監査法人からの紹介は、会計士と企業のマッチングに寄与しています。
社外役員マッチングサイト
最近は、弁護士や会計士をはじめ、より一般的なプラットフォームとして、社外役員マッチングサイトがあります。社外役員マッチングサイトは、ExE(エグゼ)、プロフェッショナルバンク、Warisといったものがありますが、専門性が高い人材、特に弁護士や会計士にはExEが良いでしょう。
ExEは、弁護士や会計士の業界に精通したエージェントによるサポートが手厚く、求人内容も弁護士や会計士の法務、会計人材に特化しているため、高いマッチング率を実現できます。
まとめ
女性が役員として注目される理由とともに、いかに弁護士や会計士をはじめとした専門人材が社外取締役として必要とされることがお分かりいただけたかと思います。
女性役員を登用することで、経営課題の解決、事業活動をより発展させていくことにもつながります。ぜひ、女性役員を積極的に登用すること、特に社外役員としての選任が有用なので、ぜひ検討してみてください。