INTRODUCTION
社外取締役の兼任は、法律上禁止されているものではありません。実際に、社外取締役を5社兼務している方もいます。
参照:社外取締役「5社兼務」で日本一!“大モテ”社外取が明かす報酬と仕事の実態
しかし、企業間でのコンフリクト(利益相反)のほか、コミットメントの確保・複数社での両立などの論点があります。この記事では、社外取締役の兼任について、多角的に解説していきます。
社外取締役の兼任の実情|役員候補2万8628人のうち4716人が2社以上で兼務
社外取締役の兼任の実情について探り、社外取締役の兼任がどのような形で行われているのか、見てみましょう。東洋経済による2021年度のデータでは、役員候補者2万8628人のうち4716人が2社以上で兼務しており、全体の約16%にあたるという。
最多は8社で、GMOグループの熊谷正寿氏と安田昌史氏であるという。
上場企業で取締役を兼務する人たちはどれくらいいるのか。東洋経済では2021年4月1日~2022年3月31日に株主総会を開催した企業の招集通知から、役員選任候補のデータを集計した。
調査対象期間の役員候補は2万8628人で、このうち、2社以上兼任しているのが4716人で全体の約16%。
社外取締役の兼任に関する論点
まず、社外取締役の兼任に関する論点を整理していきます。法律上、契約上のレベルから、ビジネス上の論点まで様々あります。
会社法上の論点
会社法上の論点としては、冒頭でも述べたような利益相反、競業避止義務(専念義務あるいは忠実義務)、コミットメントに関連して善管注意義務・監視義務、秘密保持義務などの違反該当性が挙げられます。秘密保持に関しては、後で詳しく述べます。
利益相反
会社法上、利益相反とは、株式会社と取締役の利益が相反することをいいます。ここにいう取締役には、社外取締役も「取締役」として対象となります。しかし、結論から言えば、社外取締役が他の会社でも社外取締役に就任するということ自体から当然に利益相反取引に該当する可能性があるとは言い難いです。
ポイント
予防的な規制であること |
利益相反取引の規制の趣旨は、会社と取締役の利益が相反するおそれがある取引の実行を取締役会(取締役会非設置会社の場合は株主総会)での判断事項とすることで、取締役が利己的に独断で会社に損害を生じさせることを予防することにあります。 |
禁止されるわけではないこと:株主総会または取締役会での決議事項となること(=決議が得られればできる)、および承認決議における当事者たる取締役の情報開示義務など |
上記①の規制の趣旨には、利益相反が生じる抽象的な危険性があるとしても、取引により会社にとってプラスになることであれば規制するべきではないとの観点が伏在しているからです。 そして、事前規制の側面では、会社にとって利益になるかどうかの判断をビジネスジャッジとして、基本的には取締役会に委ねられています。 |
取引とは何か、取引の類型 |
「取引」は、基本的には売買契約など、契約・合意に基づいて二社の間で行われるお金や商品、事業・経済活動に関するやりとりを広く含む概念です。 会社法上は、直接取引(会社法356条1項2号)と間接取引(同3号)の2つの類型があります。 |
利益相反の該当性の判断基準 |
会社と取締役の利益が相反するかどうかは、取引の外形的な要素を客観的にみて、会社に損害が生じる反面取締役に利益となる実質があるかどうかにより判断されます(間接取引の場合※) |
※直接取引の場合は、基本的に、会社と取締役が契約の当事者となるようなケースを想定するものであり、事業活動において行われる取引は通常双方に権利義務があると考えられるため、利害が裏表に併存しているとの観点から、形式的な判断になります。
直接取引と間接取引の典型例としては、それぞれ次のようなものがあります。
- 直接取引:会社が所有する不動産を、取締役に対して売却・賃貸するような場合(逆もしかり)
- 間接取引:会社が社外取締役の債務を保証する場合や債務について担保を提供する場合
したがって、社外取締役になること自体は、利益相反にあたる可能性は低いと考えられます。会社の社外取締役が別の会社で社外取締役に就任したとしても、会社がその別の会社に対して当然に権利義務関係を負うわけではない上、別の会社との間で社外取締役としての任用契約を締結して役員報酬などを得る立場になることで当然元の会社に損失が生じるとは言えないからです。
他方で、社外取締役に就任した会社と、別で社外取締役を兼務した会社とが取引を行う場合には、取引の内容や性質、相手方の会社の業種・業界などの外形的事情によって利益相反取引に該当する可能性があります。
競業避止義務など
競業取引とは、「株式会社の事業の部類に属する取引」をいいます。これも、利益相反取引と同様に、社外取締役も「取締役」として規制対象となりえます。
ポイント
予防的規制 |
利益相反取引と同じく、予防的な規制です。ただ、競業取引の場合は、競業関係にある会社との取引により、会社のノウハウや経営資源が奪われて会社に損害が発生することを防止する趣旨です。 |
(法律上は)禁止されるわけではなく、ビジネスとして有益な場面も想定し、取締役会決議での判断を尊重 ※別途規程により禁止される場合も考えられる。 |
あくまで会社法上の規制でいえば、利益相反取引と同様に、取締役会決議での承認を必要とすること等を内容とするルールです。 もっとも、社内規程などにより、競業取引自体を禁止とすることが定められるケースも考えられます。法的には、そうした会社ごとの内部規律を制限するわけではないことからです。 |
取引の意義 |
競業取引にいう「取引」は、利益相反取引の場合とは異なり、必ずしも会社が何らかの形で法律関係の当事者となっている場合でなくても該当する可能性があります。 |
競業取引該当性の判断基準 |
実務的には、①会社が現に行い、あるいは実行することを決めている事業に関わる取引であるかどうか、②商品やサービスの種類、顧客、市場・地域や流通経路が共通するかどうかにより判断されます。 |
競業取引にあたる例としては、次のような例が考えられます。
- 競合他社の取締役への就任:SNSマーケティングのコンサル・支援事業を手掛ける会社の社外取締役が、同様のSNSツールの導入・運用によるマーケティング支援を行う会社で社外取締役に就任し、同様の顧客層をターゲットとする事業に参画する場合
- 従業員の引き抜き:衣料品の小売事業を手掛ける会社の社外取締役が、その会社の営業部長を引き抜き、自分が代表取締役を務める会社の営業部長として雇用する場合
- 会社のクライアントと取引をすること:Webデザイン事業を手掛ける会社の社外取締役が、会社の取引先である別の会社との間で、個人的にWebサイトのデザイン作成に係る業務を受注する場合
したがって、社外取締役が競合他社で社外取締役を務めるような場合は、社外取締役への就任自体が競業取引に該当する可能性が高いと考えられます。そのため、社外取締役に就任する際は、就任しようとしている会社がどのような事業を展開しているのか、商品・サービスや顧客層、事業のフローから考えて競業関係にないかどうかを慎重に検討する必要があります。
善管注意義務など
取締役と会社の関係は、任用契約と呼ばれる委任契約関係にあります。そのため、善管注意義務があります(会社法330条、民法644条)。これは、一般的な義務としての位置づけです。また、上記の利益相反取引などと関連して、忠実義務(会社法355条)があります。
特に、社外取締役の場合は、取締役会における監視義務(同法362条2項2号)が大きく関わります。監視義務は、取締役会の構成員である取締役が、代表取締役をはじめ他の取締役の職務執行に対して、違法性の有無はもちろん、不合理な職務を行い会社に損害を生じさせることがないかを監視し、違法・不当な内容があれば会社に不利益が生じないよう適切に措置をとるべき義務をいいます。
社外取締役が上記のような義務違反になるかどうかの基準、一定の行動指針となるものは、日弁連が定めているガイドラインが参考になります。上記のような義務に関する法的責任に関わる部分をまとめると次の通りです。
取締役会での上程事項について |
審議の過程 ・説明や資料の収集がなされているかどうかをチェック ・必要な調査と検討が行われているかどうかをチェック 決議の内容 取締役会の決定が、業界における通常の経営者の経営上の判断として著しく不合理でないかをチェック(経営判断の原則) |
取締役会で上程されない事項について |
相応の内部統制システムの構築と運用がなされている限り、特に他の取締役の職務執行が違法であることを疑わせるような事情がある場合を除いて、担当の取締役の職務執行の適法性について信頼が保護される |
内部統制システムの構築、運用等について |
・就任後のなるべく早期に、会社法上の内部統制やリスク管理体制の構築と整備の状況について、会社の状況、業界の水準に応じた合理性を有するかをチェック ・財務報告に係る内部統制については、基本的に監査証明を受けた内部統制報告書として有効であれば、その後粉飾決算などの不祥事があった場合でない限り、適法性についての信頼が保護される ・会社の損失を生じさせる事態などが生じた場合には、内部統制等の見直しを行う監督責任あり |
参考:日弁連|社外取締役ガイドライン 2019年3月14日改訂版
独占禁止法上の論点
社外取締役の兼任に関して、独占禁止法上、次のような禁止規定があります。
独占禁止法13条1項
会社の役員又は従業員(継続して会社の業務に従事する者であつて、役員以外の者をいう。以下この条において同じ。)は、他の会社の役員の地位を兼ねることにより一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該役員の地位を兼ねてはならない。
(太字は筆者)
つまり、社外取締役は、他の会社で社外取締役を兼任について、それが「一定の取引分野における競争を実質的に制限する場合」には、独禁法13条1項に違反するということになります。違反があった場合、公正取引委員会による申立てにより裁判所から職務の執行の緊急停止命令がされたり(独禁法70条の4)、排除措置命令として、辞任などの命令が行われたりすることがあります(独禁法17条の2)。
特に、「競争を実質的に制限することとなる場合」は、「競争を実質的に制限するとは,競争自体が減少して,特定の事業者又は事業者集団がその意思で,ある程度自由に,価格,品質,数量,その他各般の条件を左右することによって,市場を支配することができる状態をもたらすことをいう」とされています(東京高裁昭和28年12月7日)。
競業取引の規制とも重なるような点はありますが、あくまで独禁法上の規制は、公正な競争の確保です。そのため、ここで想定されているのは、企業結合に関わるような場合です。公取委は企業結合審査の対象とならない役員兼任のケースについて次のように定めているので、参考になります。
(4)企業結合審査の対象とならない役員兼任
ア 次の(ア),(イ)のような場合は,原則として,結合関係が形成・維持・強化されるものではないので,通常,企業結合審査の対象とはならない。
(ア) 代表権のない者のみによる兼任であって,兼任当事会社のいずれにおいても役員総数に占める他の当事会社の役員又は従業員の割合が10%以下である場合
(イ) 議決権保有比率が10%以下の会社間における常勤取締役でない者のみによる兼任であって,兼任当事会社のいずれにおいても役員総数に占める他の当事会社の役員又は従業員の割合が25%以下である場合
イ 兼任当事会社が同一の企業結合集団に属する場合は,原則として,結合関係が形成・強化されるものではないので,通常,企業結合審査の対象とはならない場合が多いと考えられるが,当事会社の属する企業結合集団に属する会社等以外の他の株主と結合関係が形成・強化される場合には,その結合関係が企業結合審査の対象となる。
秘密保持義務(企業秘密の確保)について
秘密保持義務をどのように確保するかという点も、問題として挙げられます。特に、上記のような利益相反取引や競業取引などにはあたらない場合です。
競業取引にあたらないような場合であれば、社外取締役の兼任自体は可能です。他方で、兼務している会社それぞれの職務執行の中で、例えば抽象的な意味での業界が重なっているときは、ノウハウの流出などが懸念されます。潜在的な競合関係があるときにどのように企業秘密を守るのか、どこまでを秘密の範囲とするのか、という点の問題に集約されると考えられます。
コーポレートガバナンス・コード上の論点
上記でみてきた各種の法的論点を敷衍して、より企業活動における倫理的な部分・コーポレートガバナンスの視点でも細かな論点があります。
コミットメントの観点でいえば、社外取締役への重要性の高まりから、社外取締役にも経営のモニタリングに対してより積極的な関与が求められるようになりました。補充原則4-11②によれば、社外取締役を含め役員を兼任する場合は、合理的な範囲にとどめる必要があり、兼任状況を毎年開示する必要があります。
4-11② 社外取締役・社外監査役をはじめ、取締役・監査役は、その役割・責務を適切 に果たすために必要となる時間・労力を取締役・監査役の業務に振り向けるべ きである。こうした観点から、例えば、取締役・監査役が他の上場会社の役員を 兼任する場合には、その数は合理的な範囲にとどめるべきであり、上場会社は、 その兼任状況を毎年開示すべきである。
特に上場企業では、複数社の社外取締役を兼任している人材を登用し、あるいは社外取締役から兼任の申出を受けた際には、どのように経営のモニタリングのためのコミットメントを確保するかという点が問題です。
社外取締役を選任する際の対応
社外取締役の兼任に関して、選任時にどのような対応をとるべきでしょうか。
選任候補者を絞る際にスキルマトリクスとともに、候補者の業界マッピングをする
まずは、候補者の経歴などを細かく調査する必要があります。競業関係などの判断にあたり重要です。社外取締役の選任においては、いわゆる『スキルマトリクスの活用』も重要とされます。
それと同時に、競業に関する論点での問題を回避するため、候補者が兼任している、あるいは兼任を申し出た会社の業界・業種、サービス・商品、顧客などについて慎重に調査をすることが考えられます。そして、兼任が関わる場合には、取締役会での決議事項の1つとしておくことも考えられるでしょう。
秘密保持の範囲をしっかり選別
秘密保持については、その範囲を社内の役員規程で定めておくことが考えられます。一律に定めることも容易ではありませんが、社外取締役については兼任を想定しつつ、一般的な取締役の秘密の範囲とともに、兼任が生じた場合に漏洩が会社の損害となるようなケースをもピックアップしておくことが考えられます。
コミットメントの綿密な調整
就任時に、職務執行のポジション、モニタリングの範囲や必要な業務量について調整を行うことが考えられます。兼任する社外取締役が、他社でどのようなポジションや業務を任されるのかなどの情報をもとに検討する必要があります。
社外取締役を選任した後の対応
選任後の対応については、どのようなものが考えられるでしょうか。
Win-Winを徹底すること
利益相反の防止に関しては、社外取締役が兼任する会社との業務提携のほか、それ以外の会社でも特に兼任先の会社との提携がある場合は、取締役会での決議を必須としておくフローが考えられます。
取引が自社にとって利益があるかどうか、経営戦略上不利な結果を生む条件がないかを検討しておく必要があります。
役会のスケジュール設定
役会のスケジュール設定も重要です。社外取締役が兼任する会社の定例の設定がどこにあるのか、対面やオンラインの違いなどにも配慮しつつ、取締役会への出席を確保できるように調整しておくことがポイントです。
コミットメントを確保できない場合の対応
どうしても自社へのコミットメントを確保できない場合も考えられます。その場合の対応としては、取締役会でのポジションの変更などの策も考えられますが、監視義務違反に問われることが避けられないような場合は退任を検討するほかはないでしょう。
社外取締役の報酬
東証一部上場企業では、2021年におけるデロイトトーマツの調査によると、中央値はおよそ800万円であるといわれています。
調査結果のサマリーとポイント
■社長報酬水準は昨年対比で微減。社外取締役報酬水準は、5年連続増加
売上高1兆円以上の企業における社長の報酬総額水準は、中央値で9,860万円(前年比-0.3%)。
東証一部上場企業における社外取締役の報酬総額水準は、中央値で800万円(5年連続上昇)。
引用元:https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20211122.html
2社以上兼務していれば、およそ1500万円を超える報酬になると考えられます。弁護士などは、ほかの個別案件に関する報酬もあるため、高収入が期待できるでしょう。
働き方
基本的には、役会への出席になりますが、兼任する場合には兼任状況を開示して、スケジュール調整などを綿密に行います。非常勤であるとしても、1社あたり月に10時間程度の業務時間を取られるケースが全体の64.3%に上るというデータもあるので、2社を兼務するだけでも月20時間程度は業務を行うものとの想定になります。
会社ごとに業務時間のポートフォリオを作成し、コミットメントを徹底的に自己管理していく必要があると言えます。
その他のポイント
その他、社外取締役の兼任に関することとして、ポイントを2つ述べます。
女性の社外取締役人材への注目
最近は、ダイバーシティの確保の観点から、女性の社外取締役人材への注目が高まっています。女性の経営人材や、弁護士などの専門家人材は貴重であるため、採用は容易ではありません。
そのため、社外取締役の兼任について、今後女性の社外取締役人材を確保する上で、論点になってくるでしょう。コミットメントの観点からは、女性のライフスタイルとの両立も加味して検討していくことが求められそうです。
【関連記事】注目が集まる女性社外取締役を登用するには|女性役員の必要性と適した人材などを解説
責任限定契約などの利用
また、社外取締役を兼任しようとする人材としては、万が一に法的責任を問われそうな事態になったときには何千万円というレベルでの損害賠償責任が生じることも考えられます。
方法として詳細は割愛しますが、責任限定契約や近時会社法でも定められたD&O保険を活用することが考えられます。
【関連記事】社外取締役との責任限定契約の締結|賠償責任の軽減に関する概要と締結要件・契約効果など
まとめ
社外取締役の兼任には、利益相反取引、競業取引・競業避止義務、取締役としての義務・責任(コミットメント確保)、独禁法上の役員兼任禁止、秘密保持義務など様々な論点があります。
それぞれ、社外取締役の兼任自体が問題となるケースから、社外取締役の兼任後における取引や職務執行の場面で問題となるケースまで多岐に渡ります。法的な責任が伴う場合もあるため、注意が必要です。
他方で、社外取締役人材へのニーズは未だ供給が十分でなく、兼任せざるを得ないケースもあります。また、むしろ社外取締役の兼任により、シナジーが生まれることもあります。そのため、社外取締役の兼任の際に問題となる点も、1つ1つクリアすることで、社外取締役の役割も高まっていくと考えられます。